140字でおさまんないこと

見たい人だけ見てくれ

昔書いてどこにも出せずじまいだった短編

 

 

 

「もうだめだ…もういやだ…。もう無理なんだ…」

「ただいま…!!大丈夫?」

駆け寄る女

「もうむりだよ……もう………」

「本当に大丈夫?また…」

「もうダメなんだ。もうだめなんだよ」

「何が?何がダメなの?」

「もう、もう……」

「しっかりして。言ってくれないと分からない」

「………」

黙る男

「………」

黙る女

「…今日の夕飯はなんだっけ」

男の口調は明るげだ

「………さっきコンビニで軽く買ってきたよ」

女の表情は影が差した

「そうだ。風呂に入らなきゃ。朝には会社に行かなきゃ」

「お風呂はもう焚いてあるけど……」

「替えの服を用意しておいてくれるかい?」

「……焚いたけど、シャワーの方がいいかも」

「どうして。風呂に浸かりたい」

「……あなた」

「?」

「クマが酷い」

「いつものことだろ」

明るく笑う男

「………」

暗い表情の女

男は衣服を脱ぐ

女はそれを見つめる

「…………会社、まだ続けるの?」

男は明るく言う

「もちろん。辞める理由がない」

「あるわよ」

「ないよ」

「ありすぎるくらいあるわよ」

「なさすぎるくらいないよ」

「もうお願いだから辞めて」

「どうして。会社は僕を必要としている」

「してないわよ」

「してるよ」

「会社が必要としているのは労働力だけよ」

「会社が必要としているのは僕自身だよ」

「どこがよ。あなたを大切にしない会社を大切にする必要なんてない」

「この間部長に褒められたんだ」

「その倍理不尽ないことで叱られている」

「海外から取り寄せたお茶っ葉を本店の方に出したら好評だったらしい」

「あなたが自腹を切ったものでしょう」

「それにもし辞めてどうする。働くところがない」

「あるわよ」

「ないよ」

「どこにでもいたるところにあるわよ」

「世間は無職に厳しいよ」

「あなたは私を信頼してくれないの」

「信頼してるよ」

「あなたが次の職を探せるくらいの貯金はしてる」

「信頼してるとも」

「なら」

「でも」

「失望はさせたくない」

「失望なんて…そんなもの………」

 


 


「飯を食っていいか?」

「………今温めるわ」

 


 


飯を食う男

無言で見つめる女

突然男が泣き出す

「本当はさ」

「うん」

「本当はもういやなんだ」

「うん」

「もういやなんだ。いやでいやで仕方ないんだ」

「うん」

「………」

「………」

「…最近さ」

「うん」

「最近さ、自分の脳が小さくなっている気がするんだ」

「うん」

「活動をやめている気がするんだ」

「うん」

「ひたすら手を動かすだけの仕事なんだ」

「うん」

「学生時代は一体何だったんだと思うよ」

「うん」

「しばらく考えるということをしていない」

「うん」

 


 


「君の」

「うん?」

「きみのしごとのはなしをしてくれ」

「私?」

「うん…」

「私はね……」

「……」

「私は今楽しいよ」

「うん」

「また私のデザインが採用されたの」

「うん」

「嬉しいものね。学生の頃も楽しかったけど、また違った楽しさがあるわ」

「うん」

「プロになって良かったと思う」

「うん」

「まだまだアマチュアよりなんだろうけど」

「うん」

「先輩もたまに褒めてくれるの」

「うん」

「なかなかなんじゃないって。難しい人よね」

 


 


「…ねえ、本当に辞めないの」

 


 


「最近ね」

「うん」

「調子が悪いの。吐き気がするの」

「大丈夫かい?」

「……うん、まあ」

「それはよかった」

 


 


「僕さあ」

「なあに?」

「将来の夢に、宇宙飛行士って書いてたんだ」

「小学生の頃?」

「思うのは高校まで思ってた」

「どうしてならなかったの?」

「眼がさ」

「眼?」

「悪くなっちゃって」

「そういえばお義父さんも眼鏡よね」

「遺伝なんだ、多分」

「…なればよかったのに」

「眼が悪けりゃなれないよ」

「…そうね」

「勉強したのになあ」

 


 


「…空でも見ましょうよ」

「いいね」

 


 


「ここからあの星まで何光年離れていると思う?」

「分からないわよそんなの」

「僕にも分からない」

「なによ、それ」

「ちゃんと計算すれば出るはずなんだけどね、忘れちゃったよ」

「私も。数学の公式とか、もう殆ど覚えてない」

「そんなもんだよね」

「そんなもんよね」

 


 


「すごいよなあ」

「なにが?」

「月に僕らは行けるんだよ」

「そうね」

「火星にも行ける」

「いつの話よ」

「まだまだ遠い未来だけどね」

「……おじいちゃんおばあちゃんになったら行きましょう?」

「いいね」

「その頃には子供もいるわよ。孫もいるかもしれない」

「それはどうかな。ずっと2人だけかもよ」

「いるわよ、きっと」

「そうだね」

 


 


「ねえ」

「?」

「もう寝ましょう」

「……風呂に入ってないよ」

「いいわよ、お風呂なんて。朝でもいいわ」

「……そうだね」

「寝ましょう」

 


 


「おやすみ」

「おやすみなさい」

 


パチン

暗闇に融けた。