140字でおさまんないこと

見たい人だけ見てくれ

可哀想なお蔵入りのやつ

彼女に言われた手順でことを進めた。

 


料理もしたことないから、何かの肉を切るとか初めてで、とても緊張した。家から持ってきた包丁は2丁。1丁を手に取る。どうしても手が震えてしまうのが嫌だった。彼女の喉あたりに包丁の先をあてがう。少し力を込めると、それだけで血の玉がプツっと浮いた。見てはいけないものを見たような気がして一瞬目を逸らす。それからもう少しだけ力を込めて、でも中は傷つけないように包丁を軽く引いてみた。暫くはスススッと切れたんだけど、そのうちに包丁がベタベタになって全然切れなくなった。目を逸らすのをやめた。仕方が無いから自分の制服でそれを拭った。後からそれは脂だったことを知った。それでもベタベタは全然落ちなくて、でも、仕方がないから作業を続行した。暫くしたら全然切れなくなったからもう1丁に取り替えた。思ってたより血は出てないかなと思ったけど、それでも全然まともに歩けなくなったんだから、普通ではあり得ない量がでてたんだと思う。やっと彼女の下腹部あたりまで開腹して、私は包丁を手放した。本当の彼女を覆っているという膜をめくりあげる。この時点ですでに吐き気は頂点に達していて、でも彼女のいる場所で吐き出すだなんて絶対に嫌だったから、私は何回も喉までやってきた胃液を飲み下した。てっきりすぐに彼女の中身とご対面できるものだと思っていたのに、彼女の中身はまだ薄い膜に覆われていた。私はまた包丁をとった。お腹あたりに張っている膜を丁寧に切り取る。中を、傷つけないように。傷つけないように。鼻腔をつく甘い人間の匂いと喉を焼く胃酸のヒリヒリした感覚が相まって視界がグルングルンとまわる。彼女の腹に手を這わせた。私が切った膜がある。そのままゆっくり切れ目に沿って手を這わせる。べろん、と膜が剥がれた。嫌な予感と、なんだかよく分からない達成感があった。頭の奥がチカチカする。彼女をもっとみたくて、障害を切り取ろうと思ったけど、やっぱり硬くて無理だった。そういえば彼女は、電動の鋸でも持ってこないと切れないと言っていた気がする。当時は彼女の姿にばかり目を向けていたから彼女の言葉はあまり理解していなかった。それのツケが回ってきたのだ。だけど、残念だとは思わなかった。ただただ、私は目の前を見ていた。人間ってこんな匂いがするんだと思った。そしてこれはもう彼女ではないのではないかと思った。1度思うと思考は止められなくなって、私はグルグル考えた。感じた。見続けた……。

その時になってやっと私は理解した。今まで彼女だったものは、もうただの物質だった。ただの血と肉で、ただの塊で、そこに存在するだけの、ただの……。

 

彼女が嫌っていたものがそこにあった。

私は彼女のなにが知りたかったんだろう。

彼女の全てを俯瞰する。

 


私は盛大に吐いた。